株式会社ヘラルボニー(以下、ヘラルボニー)は、「異彩を、 放て。 」をミッションに掲げ、 福祉を起点に新たな文化を創ることを目指す会社です。双子の兄弟である、松田 崇弥(まつだ たかや)さんと松田 文登(まつだ ふみと)さんによって創業されました。
社名である「ヘラルボニー」は、知的障害のある両代表の兄、松⽥ 翔太(まつだ しょうた)さんが7歳のころ、⾃由帳に記した謎の⾔葉。社名にしたのには、「⼀⾒意味がないと思われるものを世の中に新しい価値として創出したい」という意味が込められています。
そんなヘラルボニーで広報PR部門のシニアマネージャーを務める、小野 静香さんにお話をうかがいました。
福祉領域の拡張を見据えた多様な事業を展開
――まずはじめに、御社がどのような事業をされているか教えてください。
小野さん(以下、小野):
ヘラルボニーは、「異彩を、放て。」をミッションに、障害のイメージ変容と新たな文化の創出を目指すスタートアップ企業です。
主に知的障害のあるアート活動をされている作家さんとライセンス契約を締結し、アートデータを基にしたライセンスビジネスを展開しています。街のなかでアートによる空間装飾を展開したり、自社のアートライフスタイルブランド「HERALBONY」でネクタイやスカーフといった商品を企画・販売したりしています。
現在、国内外の150名以上の作家さんと契約しており、2000点以上のアートデータを保有しています。
――小野さんは、社内でどのような役割を担っているのでしょうか?
小野:
私は主に、メディアのみなさんやステークホルダーのみなさんとの関係づくりをしています。
弊社の自社ブランドとして、アートライフスタイルブランド「HERALBONY」を展開しており、そのオンラインストアの運営やSNSを通じたマーケティング施策も担当しています。もちろん私だけではなく、頼もしいメンバーも一緒です。
「支援」ではなく「対等なビジネス関係」
――ヘラルボニーという社名になる前は、「MUKU」というブランドで活動されていましたね。
小野:
はい。アートを使って服やネクタイといったプロダクトを作り、その売上の一部を作家さんに報酬としてお支払いする。そういったビジネスの話を、「るんびにい美術館」の方に直接プレゼンして事業が始まりました。岩手県の花巻市にあるこの美術館では、障害のある方が描かれたアート作品を期間ごとに展示しています。
――事業を始めて、いきなりうまくいくのは難しいと思います。当時の苦労話をお二人から聞いていませんか?
小野:
MUKUのときは、会社登記をしていない個人事業主として活動していました。自分たちが何者かという説明もしにくいなかで、真正面からアタックしていったそうです。「障害のある方の作品=安い」という社会的な固定観念があり、正当な対価を支払う前提が社会側に備わっていませんでした。そこに対してのハードルが高かったという話を聞いています。
ただ、設立当時から福祉施設のみなさまには友好的にお迎えいただいて、作品もお貸しいただいてきました。
よく取材で「これだけ多くのアートデータの許諾を得るのは大変だったのでは?」と聞かれるのですが、「実は、そこはあまり大変じゃなかったです」と両代表も答えています。みなさまに理解いただき、励ましの言葉をいただいていますね。
いまも弊社で大切にしているのが、障害のある方たちに対しての「支援」ではなくて「対等なビジネス関係」という考え方です。障害のある作家さんがいなくてはビジネスが成り立たないので、むしろ自分たちが支援されているビジネスモデルです。
――プロダクトが生まれるまでには、長い道のりがあったと思います。特に手応えを感じたプロダクトについて教えてください。
小野:
人気のプロダクトのひとつに、「アートネクタイ」があります。このネクタイをきっかけに、ブランドが広がっていきました。
作家さんのアートを忠実に再現したネクタイを最高品質で作れないかと考え、いろいろなメーカーさんを訪ねました。ただ、アートの色合いや質感が非常に複雑なため、再現するのがとても難しく、断られていたそうです。そんななか、「銀座田屋」さんなら技術力が高いから、やりたいことが実現できるかもしれないと紹介いただきました。
山形県にある銀座田屋さんの工場に副代表の松田文登が訪問して相談した結果、ご縁をいただき実現しました。素晴らしいクオリティで、いまでも弊社の代表的なアイテムとして愛されています。
「異彩を、放て。」というミッションに込められた想い
――御社の想いと、銀座田屋さんの技術力によって生まれたプロダクトというわけですね。MUKUを経て、2018年に株式会社ヘラルボニーを設立されています。ミッションである「異彩を、放て。」に込められた想いを教えてください。
小野:
ミッションの「異彩を、放て。」は、代表・松田崇弥が前職でお世話になった、PARK Inc.代表の田村大輔さんが独立祝いにコピーを考えてくれたものです。
障害があるからこそ、強烈なこだわりを持って生み出される作品があります。私たちは、障害があるからこそできることや才能を「異彩」と定義しました。異彩を全国に、いずれは世界に放っていくことで、障害の概念や言葉自体が持つイメージを変容させていきたいという想いがミッションに込められています。
――NPOや社会福祉法人ではなく、株式会社としての設立にこだわった理由を教えてください。
小野:
福祉へのイメージはどうしても、支援という文脈から切り離すのが難しいです。私たちは、あくまで支援ではなくビジネスとして、資本主義社会のなかで成立させることを重要視しています。そうしたチャレンジに意義があると強く感じているんです。
NPOや社会福祉法人といった形で国や行政から支援いただきながら、ビジネスをすることもできなくはなかったと思います。でも、福祉を拡張して新しい文化を作りたいという想いがあるので「資本主義社会の中で、クリエイティブにはみ出していく挑戦はできないか」と考え、株式会社として挑戦しています。
――株式会社を設立後、ビジネスは順調に進んだのでしょうか?
小野:
最初から順風満帆というわけではありませんでした。会社を創業して、わりとすぐにコロナ禍が訪れました。百貨店へのポップアップストアなど、売る場所がなくなってしまった時期もあります。ただ、オンラインでの商談が進めやすくなったメリットもあります。
2021年に第3回日本オープンイノベーション大賞で「環境大臣賞」を受賞、ICCサミット FUKUOKA 2021の「ソーシャルグッド・カタパルト」で優勝しました。そういったタイミングでお取引きのお声がけをいただくこともあり、一歩ずつ進んできています。
人の心を動かすプロダクトやプロジェクトを生み出すには
――御社のプロダクトは多くの人の心を動かしているものだと思います。人の心を動かすプロダクトやプロジェクトを生み出すには、なにが大事だと思われますか?
小野:
代表の二人も障害のある家族がいる当事者であり、二人の言葉や成し遂げたいビジョンに共鳴して社員が集まり、プロジェクトが進んでいます。上辺だけではなく、本当に社会を変えたいという強い想いを、両代表が持ち続けていることが強みだと思います。
私たちは、障害のある方を「障害者」と呼ぶことはありません。メディアの方にも「障害者という表記はせずに、“障害のある方”としてください」とお伝えしており、これには理由があります。
弊社では、「障害の社会モデル」を考えのもとにしています。障害のある方ご本人に欠落があるのではなく、適応する社会側に障害があるんだといった考え方から障害者とは呼ばないですし、「障害を持つ」という表現も、自分の意思で「持っている」わけではないという考えからNGとし、「障害がある」という表現を採用しています。
障害のある方たちと商売をするだけではなく、その人たちを取り巻く生活や未来がどれだけ変わっていくのかを大事にしようという文化があります。こうしたカルチャーが社員にも伝播して、さらに世の中にも伝わっているのであればありがたいです。
また、作家さんや福祉施設ごとに、社員が担当としてついています。オフラインやオンラインでやり取りをさせていただいて、顔の見える関係性を作れているので自分ごと化して物事を進められるんです。
「この仕事をしたときに、作家さんやそのご家族がどう思うかという視点は絶対に忘れないように」と、よく社内で話がされます。商品に起用されたから喜んでもらえるだろう、という考えはとても危険で、支援的で上からの目線になっていないか。立ち止まって考えなくてはいけません。商品やプロジェクトにアートを起用する際は、「作家ファースト」という考えのもと、必ず作家さんに使用許諾をとってから事業を進めることを大切にしています。こうした文化が1つひとつの物づくりにもつながっていくのだと思います。
――小野様もヘラルボニーの想いに共感して入社されたんですよね。
小野:
はい。私の娘は、3歳になります。成長がゆっくりで、将来支援が必要な大人になるかもしれないと分かりました。そのときに、衝撃というか「なぜうちの子が?」と信じられない気持ちになったことがあります。
そんなときに偶然、SNSでヘラルボニーの存在を知りました。
これからの私たちは、支援を受ける側の人生を歩むことになって、こういった構造は変えられないなか生きていくんだと思ったんです。でも、ヘラルボニーは支援ではなくビジネス、障害は欠落ではないといった強いメッセージを発信してくれていました。私もそんなメッセージに心を動かされた1人です。
活動をSNSで追いかけているうちに、気づいたら転職していました。
“市場”ではなく“思想”を拡張する
――御社の今後の展望について教えてください。
小野:
現在はアートを軸にビジネスを展開していますが、障害のある方、全員がアートが得意なわけではありません。そういう意味では、ビジネスとしてご一緒しているのは一部の方だけです。
今後は障害のある方や、そのご家族が暮らしで抱く不安がなくなっていくような社会を実現していきたいと思っています。ですので、アートを手がける作家さんだけではなく、違ったジャンルでも福祉を拡張していきたいと考えています。
金沢21世紀美術館で初となる展覧会「lab.5 ROUTINE RECORDS」を、2023年3月まで開催していました。ヘラルボニーの美術館での展示会と聞くと「絵画」のアートを思い浮かべるかもしれませんが、中身は違います。知的障害のある方たちの日常の行動(ルーティン)から生まれる音を集めて、それを音楽として届ける取り組みです。
このように「絵画」というアート以外の見せ方も、クリエイティブな面で模索していきたいと考えています。
――今回、登壇いただくカンファレンスのテーマが「市場の創造」です。最後にこれから市場を創造する人に向けてメッセージやアドバイスをいただけますでしょうか。
小野:
私たちは成長途中のスタートアップで、マーケティングを語れる立場には、まだないと思っています。
両代表が「ヘラルボニーが拡張するのは、“市場”ではなく“思想”だ」とよく話していますが、市場でNo.1を取ることよりも、本質的な価値観や考え方をどうアップデートさせていくか、どう伝えていけば物の見方を変えられるか。一時的なトレンドではなく、10年後に「文化」となるためにどうアクションすべきか議論することが多いです。
私が入社して驚かされたことの1つに、お客さまや作家さん、福祉施設の方といったステークホルダーのみなさまの顔を鮮明に想像しながら仕事ができている感覚があります。これが強みの1つだと感じています。
たとえば商品を購入してくださったお客さまには、店舗スタッフがどんな用途で購入いただいたか。なぜヘラルボニーを応援してくださっているのか。そういったリアルな声を伺って社内のSlackで共有します。ヘラルボニーの商品を身につけてくださっているお客さまと一緒に写真を撮ってシェアしてくれることもあります。ありがたいことに、みなさんから応援のメッセージをいただくことも多く、そうした声が社内でシャワーのように共有されているんです。
自分たちのビジネスの先に、誰かがいることを毎日実感しながら働けているのは面白いですし、やりがいにもなります。これはお客さまだけではなく、作家さんやそのご家族、福祉施設の方々も同じです。顔の見える関係性を築くことを大切に心がけています。
こうしたカルチャーが、モノづくりやコミュニケーションをしていくなかで生かされていると感じています。
――小野さん、本日はありがとうございました。
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