2010年に創業、経費精算・管理クラウド「Concur Expense」の販売を開始し、現在、国内売上シェア No.1を誇る株式会社コンカー。「どれを使っても同じ」と思われがちなこの領域で、コンカーはマーケティングとPRをうまく活用し、順調な成長を続けています。
今回はコンカーのマーケティング・PR戦略を株式会社コンカー マーケティング本部 本部長の柿野 拓氏にお伺いしました。
マーケティングで重要なのは「プロセス」「バリュー」「インパクト」
ーーコンカーが提供している経費精算・管理クラウドの特徴を教えてください。
コンカーといえば、経費精算クラウドというイメージが強いと思いますが、実際は企業で発生する間接費全体を管理するクラウドサービスとして提供しています。
経費精算・管理を支援する「Concur Expense」、請求書管理を支援する「Concur Invoice」、出張手配や出張管理を支援する「Concur Travel」、この3つのクラウドサービスを中核に間接費全体を管理できるのがコンカーです。
ーー日本で「Concur Expense」のビジネスを始めた頃は、経費精算・管理クラウドという市場が存在しなかったと思いますが、どのように市場を創り、どのようにマーケティングをされましたか?
私が入社したのは創業から2年弱が経過した頃で、事業開発担当がマーケティングも兼任していました。確かな市場自体が存在せず、困惑とともに大きなチャレンジを感じていました。
入社後、まず社長の三村から言われたことは「マーケティングのプラットフォームをまず、なんとかして欲しい」ということでした。
当時はマーケティングの専門家がコンカーにおらず、マーケティング・コミュニケーションの成果ではなく、プロセスやデータといった視点でマーケティングを考えている人材はいなかったように思います。
マーケティング・コミュニケーションは活動の結果がある種、わかりやすく、実践のイメージが沸きます。ただ、会社の投資コストを適正にコントロールしつつ、ステイクホルダーとの合意形成を進めながら、望み通りの結果を出し、かつ、投資効果に対する説明責任を果たそうとするとやはり専門家の存在が欠かせません。
ーーまず、穴だらけのマーケティングファネルを埋める作業だったわけですね。
その通りです。私はマーケティングで「プロセス」「インパクト」「バリュー」の3つの要素を大切にしたいと思っています。
この中でも「プロセス」は一番手をつけやすく効果も出やすい領域で、マーケティングオートメーションの導入とCRMの運用の見直しにまず着手しました。米国本社と日本を行ったり来たりで、約半年弱でセールス&マーケティングが連携して動けるプラットフォームの基礎工事が終わりました。
次に手をつけたのは「インパクト」です。インパクトとは文字通り”勢いを印象づける”ことです。日本市場のB2Bのマーケティング・コミュニケーションはテレビ、経済紙、または、イベントで客観的な事実を打ち出しながら、ターゲットが求める合理性を訴求することがインパクト作りに重要な役割を果たします。
前者ではワールドビジネスサテライトでの特集企画や日経新聞の一面掲載、週刊ダイヤモンドでの特集記事、後者では1,000名規模のイベントの主催などをいくつかテーマを決めて、ターゲットに合わせたバリューの見せ方に腐心しました。
最後は「バリュー」をどう提示するか。バリューとはターゲットとなる人にとっての合理性、わかりやすく言えば見返りです。
当時のコンカーは「Googleなど先進企業も活用するクラウド型の経費精算ソフト」「モバイルでいつでもどこでも経費精算」など技術的な先進性を打ち出すメッセージ訴求でした。ただ、コンカーがメインで訴求すべき経理財務部門はITにあまり詳しくなく、また、”経費精算・管理”も業務の一部であり、非効率性を認識するものの、改革テーマとしては優先度が低いままでした。
コンカーの主要サービスは経費精算・管理ですが、コンカーのその他サービスと一体化して考えるとバリューが大きくなります。この点を改めて見つめ直し、再構成したメッセージが「間接費管理の高度化」です。
ものづくり大国日本は高度な原価計算の手法や生産現場の強みを生かし、ネジ一本、一円単位のコスト削減を徹底的に行う一方、ビジネス現場では接待、出張、ベンダー支出で不明瞭な経費支出が発生し、不正が行われる潜在的なリスクもあります。
また、紙や手作業に依存した業務では費目分析や投資対効果の把握もできず、間接費管理に大きなムダが発生しています。
リスク管理とコスト管理に責任を持つCFOや経理財務部門であれば、無視できないテーマであり、欧米と比較して平均3倍(大手企業の場合)の利益率の差を埋められるチャンスでもあります。
マーケティングは会社全体の取り組み、全体最適で考える。
ーーテクノロジーの進化に合わせ様々なマーケティングの手法が生まれています。柿野さんが考えるマーケティングとは一体どんなものでしょうか?
マーケティングとは売るための仕掛けづくりであり、それを実現するためのあらゆる仕事がマーケティングだと思います。
宣伝広告などのマーケティング・コミュニケーションはマーケティングの役割の一部でしかありません。
特にB2Bマーケティングは企業が望む合理性をどう定義し、実際のサービスを提供できるかが最も大きなテーマですので、市場の要望を正しく汲み取る市場調査や革新的なサービスを提供するパートナーとの連携、品質のよいサービス企画とデリバリーができる組織体制や優秀な社員の採用など、すべての要素がマーケティングそのものです。マーケティングは会社の総力戦なので、社長のリーダシップが成功の前提条件だと思います。
ーー製品のブランディングや方向性を考えるうえで、マーケティングとPRの関係をどのように捉えるべきでしょうか?
PRはメディアへの掲載件数を成果と捉え、広報や宣伝のイメージが一般的だと思いますが、それは誤りです。
PRとはパブリック・リレーションズの略語であり、投資家、政府自治体、規制当局、ビジネス団体、パートナー、社員、お客様、メディアといった自社ビジネスを構成する市場のステイクホルダーとの関係性に注目した考え方で、どちらかと言えばパブリック・アフェアーズ(公共政策)に近いと思います。
マーケティングやイノベーション、規制緩和や新市場創造など明確な目的を定義するとパブリック・リレーションズが正しく機能する可能性が高まります。メディア露出はそれらパブリック・リレーションズ活動から生み出された成果物の打ち出しであり、メディア露出の結果から逆引きでPR活動をしても本質的な成果は望めません。
コンカーは市場を構成するステイクホルダーとの良質な関係性を構築しながら、文脈の質を高め、市場や社会が求めるタイミングに合わせて、メディア露出を仕掛けるPRドリブン経営という取り組みをしています。
例えば、税制大綱の議論が始まる段階で関連する調査結果を公表、Amazon Alexaの発売日に合わせた関連サービスの開発と発表など、市場へのインパクトが最も高くなるタイミングを軸にPRカレンダーを作成、製品リリースやメディアとのコミュニケーション計画を立てていきます。
ーー社内においてマーケティング部門の役割はどこまで見られているのですか?製品のマーケットを創り、エコシステムを連携し、案件が発生するところまで見られているのですか?
私の部門はマーケティング・コミュニケーション、PR、インサイドセールスが主要な職掌になります。
ただし、先述のとおり、マーケティング自体は全社活動であり、全体最適が非常に重要ですので、市場への打ち出しから販売、さらに追加に買っていただける領域までを見ています。マーケティング・プラットフォームを活用すれば、リードや案件の進捗具合のスループットもボトルネックポイントもわかります。
マーケティング戦略は社長、マーケティング部門、製品部門、事業開発部門を中心メンバーとし、PRファームやマーケティングサービスパートナーが業務支援しています。構成メンバーの役割や目指す方向性に若干ズレがありますので、私自身はマーケティング・プラットフォームで得られるデータを意識した全体最適を心がけています。
戦略の方向性を決める上で、最も重要な要素は社長のマーケティング・PRへの正しい理解とリーダシップだと思います。社長の三村は会社の売上は結果指標に過ぎないと言っています。当たり前のことでも、このメッセージを言語化して伝えられる人材はマーケティングを正しく理解している人だと私は思います。
ーーコンカーも専門性のあるマーケティング人材と一緒に進めたから成長できたのかもしれませんね?
日本企業は営業部門と製品開発部門は存在しますが、一般的にマーケティング部門は存在しない企業が多いと思います。
日本は敗戦後、すぐに朝鮮戦争が勃発、旺盛な戦時物資と経済需要が生まれ、円安での固定通貨が続き、その後、高度経済成長、バブル経済を経験し、市場自体が拡大していきました。いいものを作ればどんどん売れる、そんな市場環境にマーケティングの活躍する場面は多くはありませんでした。日本企業にマーケティング人材が少ないのはこのような歴史的な背景があります。
ただ、今日、日本は成熟社会となりました。モノやサービスの消費からコト消費へ移っています。マーケティングの役割は市場と自社とステイクホルダーをつなぐ役割であり、売れる仕組みづくりやイノベーションを生み出す媒介者です。
社内外にアンテナを立て、関係性の幅と質を高め、高度なコミュニケーションスキルを生かしながら、新サービスや新市場作りを主導し、プラットフォームで収集されるデータを見ながら自分なりの仮説検証を繰り返し、ビジネスを拡大していく。マーケティング人材にはそんな「何でも屋」的な役割が求められていると思います。
時には外部の力も使っていく
ーー外部団体とはどのような関わりでマーケティングにつなげているのですか?
例として、コンカーが主導した領収書の電子保管に関する規制緩和がわかりやすいと思います。
2017年1月以前、企業は社員が提出した領収書の紙原本を7年間保管する義務がありましたが、現在は税務署への申請手続きと適切なプロセスを適切なシステムで処理すれば、スマホで撮った領収書画像だけで紙の領収書原本は破棄できます。
ある大手証券会社では領収書だけで年間ダンボール6000箱が生まれ、約5億円の管理コストが発生していました。日本全体で発生する社会コストは約1兆円を超えます。米国ではこのような規制がなく、この点だけでも日本企業は過度な規制により競争優位性が削がれていたと言えます。
実はルールを改正して、新市場を創るというアプローチは世界的には一般的です。UBERやAirbnbなどのシェアリングエコノミーを形成する新興企業は法制度のグレーゾーンで革新的なサービスを急拡大させながら、ロビー活動を同時並行させ、進行するビジネスの既成事実化を進めながら効率の良いビジネスモデルの形成を行っています。
デジタル化とグローバル化のメリットを生かすためにも合理的なルール形成は企業、社会、利用者にとってメリットが大きく積極的に進めるべきだと思います。
ちなみに「米国企業のコンカーが日本の岩盤規制の緩和を主導」「わずか50名(当時)の米国発ベンチャーが日本社会の古い商習慣に新提案」などのパブリック・リレーションズの活動自体がマーケティング・コミュニケーションでの面白いコンテンツになっていたと思います。
ーー「規制緩和」と言うととても難しいことのように感じてしまうのですが。
実はコンカーにはリアルな「特命係長」がいて(笑)、その担当がロビー活動やパブリック・アフェアーズを推進しています。マーケティング・PRが規制緩和すべし!という世論形成を行いつつ、規制緩和の特命係長が具体的に規制当局と相対するような役割分担です。
今回の取り組みで感じたのは、行政サイドも民間からの良質なインプットを期待しているということです。行政は立法サイドだけでなく、業界団体、ビジネス団体を媒体として社会の声を取り入れたいという意向があります。
私企業の要望ではなく、社会全体への波及効果という視点で業界団体やビジネス団体から支援を得られるような関係性の構築が必要で、これは規制緩和の初動で、非常に重要なアプローチです。
また、行政サイドも私企業と同じように変えたい、良くしたいという熱量の高い方や強力な支援者がいます。そのような方を見つけられるか?も規制緩和には重要な要素だと思います。
今後のコンカーのマーケティングのチャレンジは?ビジネストラベルマネジメントという巨大な新市場
ーー今後の課題についてを教えてください。
マーケティング・プラットフォームの文脈では個社毎のマーケティングアプローチであるABM(Account Based Marketing)でチャレンジがあります。
最近のマーケティングツールは非常に良くできていて、お客様が関心を持ってから、実際に購入に至るまでの接触回数や弾力性を詳細に把握、解析ができます。以前のカスタマー・ジャーニーの設計手法では関係者の経験をベースにデザインされるケースが多く、ある種感覚的になりがちでした。
ABMツールで得られた特定企業の弾力性に関するデータは同じような業態の企業と類似性が認められるため、仮説と検証を繰り返せばデータ・ドリブンなカスタマー・ジャーニーの設計と提供が可能です。
ただ、今考えている弊社のABMはツールよりも、お客様にご協力をいただく要素が多いため、お客様の熱量の高い方とのコミュニケーションを通じて、ベストなモデルを探っていきたいと考えています。
新市場創造という文脈で言えば、日本でのビジネストラベル・マネジメント(出張管理)の市場形成が大きなテーマです。出張管理の領域は最も効率化が進んでいない領域の一つで、大幅な改善余地があり、私たちにとって大きなビジネスチャンスです。
日本企業の場合、指定された旅行代理店が社員に対してサービス提供を行いますが、社員の満足度を意識した出張手配が行われるケースが多く、過度なサービス提供が出張費単価の高止まりを引き起こしているケースが見受けられます。会社全体としてかける出張コストと期待できるリターン、そして、出張中のテロ・災害・政変といったリスクからの安全確保など、出張業務全体の視点から出張管理を行う必要があります。
欧米では出張業務を高度に管理するビジネストラベル・マネジメントという考え方が一般化しています。出張管理のコスト管理だけを見ても、航空券、ホテル、レンタカー、接待に関するサービスを事前に集中購買ができれば、予め調達された割安な出張関連のサービスを社員に割り振っていくというプロセスで、適切なコスト管理が可能です。
また、先ほどのインパクトで言えば、日本は2020年に東京オリンピックを迎え、数多くの外国人旅行者、出張者が日本を訪れます。これはビジネストラベル・マネジメントという新しい市場を創出させる絶好の機会です。ホテル、鉄道、タクシー、出張手配サイト、シェアリングエコノミーなど関係各社とのサービス連携とコミュニケーションを強化することで、今はまだ存在しない新市場が立ち上がってくるはずです。
これからもマーケティングパーソンとして、コンカーが掲げる出張・経費管理の高度化を通じた日本企業の競争優位性の向上に貢献していきたいと思います。
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